大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)126号 判決 1964年6月23日

フランス国パリー市ビユータン街九

原告

ソシエテ・アノニム・デゼタブリツスマン・レオン・アトー

右代表者

エドワール・ヴイクトル・デイーチエ

右訴訟代理人弁護士

長井亜歴山

同 弁理士

江崎光好

右訴訟復代理人弁護士

野口良光

同 弁理士

朝長啓一

永田譲

被告

(昭和三五年(行ナ)第一二四号事件)

リコー時計株式会社

右代表者代表取締役

市村清

右訴訟代理人弁護士

中井一鵄

右訴訟復代理人弁護士

阪本安房

被告

(昭和三五年(行ナ)第一二五号事件)

東京芝浦電気株式会社

右代表者代表取締役

岩下文雄

被告

(昭和三五年(行ナ)第一二五号事件)

東京電気株式会社

右代表者代表取締役

吉岡美勝

右被告両名訴訟代理人弁護士

猪股正哉

同 弁理士

市川一男

猪股清

井上一男

右訴訟復代理人弁護士

藤本博光

被告

(昭和三五年(行ナ)第一二六号事件)

シチズン時計株式会社

右代表者代表取締役

山田栄一

右訴訟代理人弁理士

阪本安房

被告

(昭和三五年(行ナ)第一四〇号事件)

株式会社雄工社

右代表者代表取締役

香山寿男

右訴訟代理人

昭和三五年(行ナ)第一二五号事件に同じ

(ただし弁理士井上一男を除く)

右訴訟復代理人

右事件に同じ

川崎市二子六四二番地

被告

(昭和三六年(行ナ)第五〇号事件)

東京時計製造株式会社

右代表者代表取締役

佐藤守彦

右訴訟代理人弁護士

安藤政一

主文

原告の被告等に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のため上告の附加期間を三月と定める。

事実

第一、被告リコー時計株式会社(旧商号高野精密工業株式会社)に対する請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

「昭和三三年審判第二〇二号事件について特許庁が昭和三五年五月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  原告はフランス国の法令に基づいて設立した法人であつてわが国において特許第二二八四八九号「特に時間装置に適用し得る電磁衝撃による動力装置」の特許権者であるところ、被告は昭和三三年五月九日右特許無効の審判を請求し(昭和三三年審判第二〇二号)、特許庁は昭和三五年五月二六日本件特許を無効とする旨の審決をし、原告は同年六月一一日その審決書の騰本の送達を受けた。右審決に対する訴提起の期間は特許庁長官により三月延長された。

(二)  本件特許は昭和二九年九月三〇日出願され、昭和三二年一月二一日登録されたものであつて、その特許請求の範囲は、「可動性永久磁石が結合型トランジスター類の電子増幅器の出力端に接続されたる電磁石の遂次動力衝撃を受け該電子増幅器が弱エネルギー源の回路に配備され且つその入力端は可動永久磁石に対して適当に配置されたる少くとも一つの固定の捲線に接続され、該捲線が可変の磁力束の位置により該捲線の中に誘導により弱電力の制御電流が発生する事を特徴とする可動性永久磁石を少くとも一つ含む特に時間装置に適用し得る電磁衝撃による動力装置」である。

(三) 審決は、本件特許発明の要旨が特に前記特許請求の範囲にあると認定した上、被告の引用した刊行物であるエム・ルネ・ベイヨーの刊行にかかるフランスの時計研究機関誌「アナール・フランセーズ・ド・クロノメトリー(ANNALES FRANCAISES DE CHRONOM〓TRIE)一九五四年第二巻が原告の本件特許出願前に国内に頒布された事実があり、本件特許発明の要旨とするところが上記刊行物に容易に実施することを得べき程度において記載され、あるいは少くともこのような公知の事実から当業者が容易に推考しうる程度のものであると認定し、従つて本件特許発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条の規定に違反して与えられたものであり、同法第五七条第一項第一号の規定によつてこれを無効とすべきものとしている。

(四)  しかしながら審決は次の点において違法であつて取り消されるべきものである。

(Ⅰ)(1) 審決は被告が引用した上記刊行物の公知性を職権によつて調査したところ、それが本件特許出願前工業技術院中央計量検定所に受け入れられ公知になつていることは明確であるといつているが、上記調査の内容ないし根拠となるべき事実をなんら具体的に示していない。また別件(昭和三三年審判第八七号事件)において上記文献の表紙が証明書の内容と異なる点に関しなんら明確な釈明を行なつていない。

(2) 元来権利の効力に重大な影響を与える事実に関する証拠調は、公開の審判廷において行ない、また充分に反対尋問にさらされなければならないことは近代証拠法の大原則である。しかるに、本件の場合特許庁はその職権証拠調に当り右原則に違背し、手続上公正を欠いたから、その証拠調の結果は極めて信憑力のないものといわねばならない。

従つてそのような証拠調の結果による判断に対しては承服できない。

(3) 次に前記工業技術院中央計量検定所は公開の図書館ではないから、かりに上記刊行物が同所に受け入れられたとしても、これをもつて国内に頒布されたものとはいえない。

(4) なお一般に刊行物が公開の図書館に受け入れられる場合には、その刊行物の表紙、扉等人目につき易いところに受入日附のスタンプを押捺して、受入証明の場合はその部分の写真をもつてこれに代えることが慣行になつているが、本件の場合受入日附の印はどこにもない。

以上の理由により、引用刊行物を本件特許出願前国内に頒布されたものとした審決の認定は違法である。

(Ⅱ)(1) 審決は本件発明と引用例との内容を対比するに当つて、本件発明の出願当時の技術水準を無視している。

すなわち、引用刊行物の第一二一頁の第二図およびこれに関する説明が、本件特許明細書に本件発明の実施例として示された第一図のものとほぼ同一であるとしている。しかし、これは独断的な見解であつて、例えば本件明細書第二図の回路(エミツター接地方式)がそのまま時計装置の回路に使用できることは、当時の技術水準では推定できない。何となれば、その当時においてはベース接地がトランジスター回路に用いられていたからである。審決は更に、本件発明と引用例が具体的の細かい点において多少の差異はあるとしても、本件発明の要旨とするところはことごとく該引用例に開示されているとしているが、本件発明の要旨は特許請求の範囲に記載された構成要件の組合せから成る具体的な動力装置であつて、たとえ個々の構成要件が公知であつたとしても、その組合せには新規性があり、技術的な進歩があれば具体的な物の発明として特許されるべきである。

(2) 本件特許発明は引用刊行物の記載から容易に実施できるものではない。審決は引用刊行物に記載されてある発明の要旨を、「可動性永久磁石(N1S1)が接合型トランジスター類の電子増巾器(A1)の出力端(3、4)に接続されたる電磁石(BG)の遂次動力衝撃を受け、該電子増巾器(A1)が弱エネルギー源(電池一個)の回路に配備され、且つその入力端(1、2)は可動永久磁石(N1S1)に対して適当に配置されたる少くとも一つの固定捲線(BM)に接続され、該捲線(BM)が可変の磁力束の位置により、該捲線の中に誘導によつて、弱電力の制御電流が発生する事になり、可動性永久磁石(N1S1)を少くとも一つ含む特に時間装置に適用した電磁衝撃による動力装置」と認定しているが、これは審判官が本件発明の特許請求の範囲の文章を模し、その各相当箇所に数字や符号をあてはめて創作したもので、引用刊行物には単に第二図とそれに関する若干の語句があるだけで、審判官の要約したような文章はどこにも存在しない。被告は引用例の第二図の存在によつて、本件特許発明につき無効理由があると抗弁するかも知れないが、元来特許明細書中における図面の役割は本文を補足する補助的なものであつて、図面単独で発明が説明できるものではない。

(3) 次に原告が本件発明と引用刊行物の内容との比較に関する審決の見解に不服の理由を、被告が原審において提出した弁駁書(甲第二号証の一の三)に対する反駁の形式で述べることとする。

(イ) 被告は原審における原告の主張は本件発明の図面と引用例図面との末梢的差異を比較するに止まり、発明の技術的核心には少しも触れていない、というが、発明の要旨とみなされる特許請求の範囲は、明細書および図面に関連して考察し、解釈されるべきであり、しかも本件特許発明の装置は個々の要素の組合せから成るものであるから、発明の要旨を構成するその個々の要素につき、またはそれらの組合せによる綜合的な作用効果につき引用例と比較検討することは、本件発明の本質を論ずるために当然である。被告はこれを末梢的な事項として取り上げる必要はないというが、これは技術的本質の究明を回避しようとするものである。

(ロ) 被告は、トランジスター回路はそのすべてがエミツター接地方式をとつているといつても過言ではない、というが、本件明細書第二図のエミツター接地回路がそのまま時計に適用できることは本件出願当時誰も推定できないことである。何となればその当時はベース接地が一般に採用されていたからである。

(ハ) 被告は、引用例に電源が唯一つ記してあるのはエミツター接地方式を明示するものであると述べているが、この見解は誤りである。ハインツ・リヒター著「トランジスター・プラクチス」第六六頁第三〇図は、ベース接地であり、エミツター回路に二つの電源がある。同書第六八頁第三一図は本件の回路と同じエミツター接地であるが、電源が二つあることを示している。また、同書第一三七頁第七三図および第七四図ではベース接地の発振回路に唯一の電源が与えられている。以上の事実から、トランジスター回路において唯一の電源のあるものをただちにエミツター接地とするのは不当である。

(ニ) 被告はエミツター接地方式が最も電流増巾率の大きい接続であり、引用例は衝撃間に供給される電流が10-6A以下であることが示されているから、これがエミツター接地方式であることは明らかである、と述べているが、接合型トランジスターのベース電極を基準とした場合の電流増巾率は1より小であつて、これは従来の点接触型トランジスターの場合に適合しない。しかしながら上記リヒターの著書の第一〇〇頁には、点接合型トランジスターもまたベース回路において、ベース電極が基準電極であり、かつ接地されたものが電流増巾の目的を達していることを明らかにしている。

10-6Aは10-5Aの誤りである。この電流はインパルスが中断している間の出力電流が10-5Aよりも小さいことを示すものであり、同書第一二一頁第二図のDとDの谷間にあるインパルス中断中の電流の大きさを示すものである。

かかる状態において、被告が述べているように、電流増巾率の大きいトランジスターを用いなければならないと結論を下すことは不合理である。何となれば、1012Aより小であるべき電流が問題となつているからである。

(ホ) 被告は、平衡輪の回転振動子の使用が引例に記載されており、テンプとして実現しうることが明記されている、と述べているが、本件発明の如き平衡輪の構造が引用例から推定できない理由は原告が原審で述べたとおりである。すなわち、引用例は平衡輪の回転振動子の詳細な構造を明らかにしていない。本件発明の平衡論は無定位の磁石方式としたこと、および円盤状の平衡輪体上に唯一の磁極を設けることが重要であつて、これが顕著に有効に作用する。この無定位の磁石方式および唯一の磁極とすることは引用例から推定できない。

(ヘ) 被告は、シールドリングの有無は末梢的なことであり、モーターの性能に関係のないことが実験的に判明したと述べているが、本件のように比較的負荷の小さいモーターで作動させるためには、永久磁石の磁場が外方に作用しないことが極めて重要であつて、このために軟鉄のシールドを設けることは有効である。

以上要するに、被告の原審における主張は、本件特許発明に対し皮相の見解を述べているに過ぎないものであつて、引用例が実験報告でありかつ基礎的な原理の説明であつて、将来時計装置として完成の可能性を述べたものに過ぎないことを理解していない。

これに対し本件発明は、技術的な進歩と工夫を加え、トランジスター時計を構成するのに最適な要素を選択して組み合せたものである。被告は研究発表と発明とを混同している。

(4) 以上のとおり、審決は原審における被告の不当な主張を採用して、本件特許発明および引用刊行物記載の装置の本質につき判断を誤つた違法がある。

第二、被告東京芝浦電気株式会社、同東京電気株式会社に対する請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

「昭和三三年審判第四二五号事件について特許庁が昭和三五年五月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  本件特許に対する被告等の無効審判請求の日を昭和三三年八月二〇日審判番号を昭和三三年審判第四二五号とするほか第一の二、(一)と同旨

(二)  第一の二、(二)と同旨

(三)  同(三)と同旨

(四)  同(四)と同旨

第三、被告シチズン時計株式会社に対する請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

「昭和三三年審判第二五九号事件について特許庁が昭和三五年五月二六日にして審決を取り消す」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  本件特許に対する被告の無効審判請求の日を昭和三三年六月三日、審判番号を昭和三三年審判第二五九号とするほか第一の二、(一)と同旨

(二)  第一の二、(二)と同旨

(三)  同(三)と同旨

(四)  同(四)と同旨

第四、被告株式会社雄工社に対する請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

「昭和三三年審判第八七号事件について特許庁が昭和三五年七月一四日にして審決を取り消す」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  本件特許に対する被告の無効審判請求の日を昭和三三年三月三日、審判番号を昭和三三年審判第八七号とし特許庁が審決をした日を昭和三五年七月一四日、審決書の騰本送達の日を同年同月二七日とするほか第一の二、(一)と同旨

(二)  第一の二、(二)と同旨

(三) 審決は本件特許発明の要旨が特に前記特許請求の範囲にあると認定した上、被告の引用した刊行物である「アナール・フランセーズ・ド・クロノメトリー」(ANNALES FRANCAISES DE CHRONOMTRIE 2me SRIE, TOME IIX)が原告の本件特許出願前に国内に受け入れられた事実があり、本件特許発明は上記刊行物に容易に実施することができる程度において記載されたものに相当すると認定し、従つて本件特許発明は旧特許法第四条第二号の規定により、同法第一条に規定する新規の発明ということができないので、同法第五七条第一項第一号の規定によりこれを無効とすべきものとしている。

(四)  しかしながら審決は次の点において違法であつて取り消されるべきものである。

(Ⅰ)(1)(イ) 審決は被告の引用した上記刊行物が本件特許出願前である昭和二九年六月一八日工業技術院中央計量検定所において受け入れられ、同所内において公然閲覧に供せられていることは同所の証明によりこれを認めることができ、また上記引用刊行物の表紙が証明書の内容と異なる点は職権によつて調査した結果明らかになつたといつているが、この認定ないし調査の内容および根拠となるべき事実をなんら具体的に示していない。

(ロ) 被告は原審において甲第一号証(本件甲第二号証の四の三)、同第二号証(本件甲第二号証の四の四)を提出している。然るに、

(a) 原審甲第一号証は前記検定所に所蔵のものとは別個である。

(b) 原審甲第一号証の表紙と論文は別物である。

(c) 原審甲第一号証と同第二号証とは全然別物で相互に関連がない。すなわち、原審甲第一号証の下部左側に「27me ANNE 1er TRIMESTRE」(第二七年次第一四半期)と記載されているのに対し、同第二号証の中程左側には「24me ANNE 2me TRIMESTRE」(第二四年次第二四半期)と記載されており両者は一致していない。

(d) 原審甲第二号証の前記「2me TRIMESTRE」の記載は最初は「1er TTIMESTRE」(第一四半期)の記載(活字体)であつたものを消してペンで「2me TRIMESTRE」と書き直してある。

(e) 原審甲第二号証の中程の右側に「TOME IIX」と記載してあるが、「IIX」の記号の意味が不明である。

(f) 要するに、原審甲第一号証と同第二号証とは互に全く関連のないものであり、かつ原審甲第一号証は内部に事実に反する矛盾があり、同第二号証の記載は不可解である。

(2)ないし(4) 第一の(四)(Ⅰ)(2)ないし(4)と同旨

(Ⅱ) 第一の二、(四)(Ⅱ)と同旨

第五、被告東京製造株式会社に対する請求の趣旨および原因

一、請求の趣旨

「昭和三四年審判第五八三号事件について特許庁が昭和三五年一二月一七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  本件特許に対する被告の無効審判請求の日を昭和三四年一一月二日、審判番号を昭和三四年審判第五八三号、特許庁の審決の日を昭和三五年一二月一七日、審決書の騰本送達の日を昭和三六年一月一二日とするほか第一の二(一)と同旨

(二)  第一の二、(二)と同旨

(三)  第四の二、(三)と同旨

(四)  しかしながら審決は次の点において違法であつて取り消されるべきものである。

(Ⅰ) (1)審決は被告の引用した上記刊行物が本件特許出願前である昭和二九年七月二七日に東北大学において受け入れられ、同学内において公然閲覧に供されたことは、同学の証明によりこれを認めることができると認定しているが、その認定ないし調査の内容および根拠となるべき事実をなんら具体的に示していない。

(Ⅱ) 第一の二、(四)(Ⅱ)と同旨

第六、被告リコー時計株式会社、同シチズン時計株式会社、同東京時計製造株式会社の主張に対する反駁

審決には次の二点において重大な錯誤がある。

一、審決は本件特許の特許請求の範囲に記載の文章を引用例の第二図にあてはめたものが本件発明の動力装置と一致すると考えている点

引用例第二図は本件発明の原理を示す実験装置であつて、これをそのまま時計装置に適用することはできない。従つて引用例の第二図と本件明細書の第一図とは一致しない。引用例の第二図と本件明細書の第一図との主な差異は本件特許明細書の第二図に明示されているが、審決はこれを無視している。該第二図の回路を時間装置に用いることは本件発明の出願当時において新規である。

エミツター接地方式が本件発明の出願前公知であつたという主張は一般論であつて、時間装置に特にこの方式を用いたものは、本件発明の出願当時になかつた。

引用例第二図は実験装置であつて、将来これが時間装置に適用される可能性を示したに止まり、これを具体的な実施の形態に現わしたのが本件明細書の第一図および第二図である。

引用刊行物が本件特許の出願日前国内において公知の状態になつたと認められているのにかかわらず、本件発明の公告日以前に本件特許に関する時間装置が国内で公表されていない事実は、引用例から本件発明が容易に実施できないことを物語つている。

二、審決は本件特許発明を垂下振子用の動力装置にのみ限定している点

審決は本件特許発明の要旨が本件明細書第一図に示された装置にのみ存在するとみなして、専ら、これについてのみ論じているが、前記第一図は本件発明の単なる一実施例に過ぎず、本件発明はこれに限定されるものではなく、同明細書第三図ないし第五図に示すような他の有用な実施例をも包含するものである。

原告の疑問とするところは、ある特許発明に多くの実施例が存在する場合において、その実施例の一が偶然にも公知であつたときは、その発明全体が否定されるべきか、ということである。原告は、かかる場合においては、審判の過程において、公知に属する部分を請求範囲から除けば、その特許は存立し得るものと考えるが、本件については原告に対しこの機会が充分に与えられず、審判官の一方的見解によつて審決がなされている。

第七、被告リコー株式会社の答弁

一、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

二、請求原因二、(一)ないし(三)は認める。同二、(四)の原告が審決を違法であると主張する諸点は争う。

三、(一)請求原因二、(四)(Ⅰ)(1)について

職権調査の結果証拠に信憑力があるか否かを認定することは審判官の専権であつて、審判官は右調査の内容および措信するに至つた根拠を述べる必要はない。

(二) 請求原因二、(四)(Ⅱ)について

(1)  本件特許発明においてトランジスター回路のエミツター電極を接地するか否かは発明構成の必須要件ではない。また、トランジスター回路においてエミツター電極を接地することは、本件発明の出願の当時において公知であり、これを時計の動力装置に適用したからといつて格別の利得はなく、従つてこの点に発明を構成しない。

(2)  被告はトランジスター増巾回路については論じているが発振回路については最初から触れていない。「トランジスター、プラクチス」第三一図は極めて普通のエミツター接地方式であつて、これを引用刊行物の装置に使用すれば固定バイアスが常時かかつていることになるから、永久磁石の正常な運動を妨げ、電池は徒らに消耗される。原告の主張するベース接地またはコレクター接地は、たとえ電池を二つ以上使用して適正なバイアスをかけても、エミツター接地方式より増巾利得が小さく、商品として適切でない。以上の理由から、「引用例が一個の電池を使用しているから、これがエミツター接地である」と結論づけられるのである。

(3)  10-6は10-5のタイプの誤記である。それだけに一つの電池を用いた常時固定バイアスのないエミツター接地方式であることが一属明らかになる。原告の「電流増巾率の大きいトランジスターを用いなければならないと結論を下すのは不合理である」という説は原告の独断的見解であり、かつ見当違いである。

(4)  原告は引用例から本件発明の平衡輪の回転振動子の詳細な構造は推定できない、というが、これは本件発明の要旨と関係がない。引用例にはテンプとして実施し得ることが明記してあり、本件明細書の第五図はその一実施例に過ぎない。

(5)  シールドリングの有無もまた、本件発明の要旨と関係はない。むしろ、本件明細書第四図のように、アーマチユアに近接してシールドリングを設けると、これに渦電流およびヒステレシス損を生じ、モーターは制動を受ける欠点があるから、この点原告の主張内容に矛盾がある。

(6)  要するに、本件発明の特許請求の範囲に記載されている構成要件はすべて引用例に記載されているのであつて、原告の主張は本件発明の末梢的な実施態様の微差についてのみ言及して、いいのがれをいつているに過ぎない。

第八、被告東京芝浦電気株式会社、同東京電気株式会社の答弁

一、第七の一、と同旨

二、同二、と同旨

三、(一)(1) 請求原因二、(四)(Ⅰ)(1)について

原審において被告株式会社雄工社が特許庁に提出した原審甲第一号証と同第二号証との喰違いは、右甲第一号証を提出するに当つて、その表紙の部分を取り違えただけであつて、証拠物自体に矛盾がある訳ではなく、審決を違法とする理由にはならない。

(2) 請求原因二、(四)(Ⅰ)(2)について

原告は旧特許法が認めている職権探知主義ならびに書面審理主義を非難しているに過ぎず、立法論としてはともかく本件には直接なんの関係もない。

(3) 請求原因二、(四)(Ⅰ)(3)について

工業技術院は通商産業省の附属機関として設置された官庁、中央計量検定所は工業技術院に設置された試験研究所であつて、ここの図書館に受け入れられ、公然と所員の閲覧に供されたものは、公然と多数人により知り得べき状態に置かれたものであり、旧特許法第四条第二号に該当する。しかも引用刊行物(丙第一号証)は昭和二九年七月二日より同年同月七日まで貸出閲覧されている。

(4) 請求原因二、(四)(Ⅰ)(4)について

工業技術院中央計量検定所においては、刊行物の送付を受けると図書受入簿に受入年月日を記入し所内回覧にし、回覧が終ると図書室において整理番号をつけて分類整理する。刊行物は一年分まとめて合本製本する。表紙はその時に取り去られる。

本件の引用刊行物は年四回の発行で、一九五四年分として他の三冊とともに一つの本に合本製本されて保管されているので表紙自体はすでにないが、受入年月日は図書室の受入簿によつて明確に確認できる。

(二) 請求原因二、(四)(Ⅱ)について

(1) 本件明細書によると、本件特許発明の名称は「特に時間装置に適用し得る電磁衝撃による動力装置」であり、その特許請求の範囲は「本文に詳記する如く、可動性永久磁石が結合型トランジスター類の電子増巾器の出力端に接続されたる電磁石の逐次動力衝撃を受け、該電子増巾器が弱エネルギーの回路に配備され、かつその入力端は可動永久磁石に対して適当に配置されたる少くとも一つの固定の捲線に接続され、該捲線が可変の磁力束の位置により、該捲線の中に誘導によりて弱電力の制御電流が発生することを特徴とする可動性永久磁石を少くとも一つ含む。特に時間装置に適用し得る電磁衝撃による動力装置」というにあり、更にその発明の詳細なる説明の項には、「本発明は小電池等の弱い力をもつて持続的に動かされる電気時間装置である。……従来のこの種の装置は間歇的な電気的接触を行なうスイツチをもつていたが、本発明の目的は間歇的な電気的接触を必要としないような確実な機能および簡単な構造をもつ、例えば時計の側にはめこめるが如き大きさで高能率な動力装置を実現することにある。……本発明の特徴は、結合型トランジスターを使用することにある。この増巾器は忠実かつ敏感な継電器を形成し、可動性磁石の傍におかれた制御コイルあるいは活動コイルの働きによつて活動する。永久磁石の移動は活動コイルに弱交流起電力を誘起する。……」等記載してあることから推して、本特許発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載されたとおりのものということができる。

(2) 次に審決の引用した刊行物(丙第一号証の一)には、表題として「電気的接触を断続することなしに振子運動や連続回転運動をなす小型電磁動力装置」とあり、概要の冒頭には「電池およびP・N・P型ゲルマニウムトランジスターを用いることにより可動電気接点を用いないでも作動する新しいアトーの時計について紹介して述べてみたい」とあり、更に続いて

(イ) このシステムはモーターを使う振動体(垂下振子もしくは円形振子)を有する電磁時計の基本的な特性、すなわち非常に小さい力で動く機構の大いなる簡明性とか極めて小さい電力消費(一年間に〇・五アンペア時以下)というような特性を保持することができる。

(ロ) この方式の振巾は、各種の方法就中弱いエネルギー源(電池)の電圧に極く近い逆起電力によつて安定となる。

(ハ) 接合型半導体を用いた増巾器の制御は、小さい円形振子(天府)から音叉に至るまであらゆる型の発振調速機に有利に応用できる。

(ニ) 高周波の場合、同期電動機は振動調速機と連結できるし、また標準比を与えた信号または電流に容易に同期させることができる。

(ホ) また、この新しい装置は収電子を除いた小型直流モーターを作ることも容易にする。この型の方式はその一方に誘導によつてトランジスターの開放による周期的信号を発するような二個の中空コイルの間で回転する合金製の円形磁石を用いて実現された。

(ヘ) このような実験はどのような電流を用いても適合する単純な型の電子的時計を実現する可能性を確認する。旨の記載があり、そして「駆動エネルギーは一個の小さい標準電池から得ることができ、振子の振動の等時性を保つために最上であると認められた条件が配慮されている」との記載があるから、この刊行物記載のものは本件特許発明にいう電磁時計(電池および可動性永久磁石を備えかつ電磁衝撃によつて持続される電気時間装置)の動力装置に関するものであり、従来のこの種の装置の有していた間歇的可動電気的接触を必要としない機能および簡単な構造をもつ動力補置を実現しようとしていることが明らかであるから、本件特許発明の目的と同一の目的を有するものである。

以上の引用刊行物の記載と、「第二図は、一個のトランジスターと一個の電池とによつて作動持続に成功したアトー社の時間調整装置(周期T=一秒)の始めの様式の原理を示している。」「図示の内容を明らかにするため半導体型継電器を一般増巾器の標準記号であるA1で表わし、A1には入力端子1、2と出力端子3、4が設けられている。」「振子の振動周期中コイルBGには曲線aに示す如く時間によりその大きさを変化する磁束φが鎖交する。コイルBGの捲回数をNとすれば、これに誘起する起電力は

で表わされる。輻射状に出る磁力線を極度に集中させる性質を発揮する最近の合金性磁石(大きな強制磁場が得られる)を使用することによつて曲線bに示されるが如き非正弦波曲線の交流電圧を得ることができる。」(以上引用刊行物第四項記載)の記載を参照しつつ引用刊行物の第二図をみると、第二図には

(イ) 可動性永久磁石N1S1は接合型トランジスターよりなる増巾器A1の出力端3、4に接続され、かつ該磁石のS1極を囲んでいる固定捲線と共に電磁石を形成し、

(ロ) 右増巾器A1は弱エネルギー源たる電池の回路に配備され、

(ハ) 該増巾器A1の入力端1、2は固定捲線にBG接続されており、かつこの固定捲線は右可動性磁石の極N1からの強い輻射状の磁場内にあること、

(ニ) 従つて、右可動性磁石が振れると固定捲線BGの線輪はN1からの磁力線を切り、誘導によつて固定捲線BGに交流電圧が発生する装置が示されている。

更に引用刊行物の第四項および第五項には、

(イ) 一方の極性の電圧衝撃によつてトランジスターの作動が惹起し、入力電流ie、出力電流iSなる電流の回路を生ぜしめる。

(ロ) 電流ieにより磁石がその変位の方向の電磁力を受けるように接続する必要があることは勿論である。

(ハ) 振子が垂直線の位置からf方向に動く時に振子の磁石に駆動衝撃が附与されるようにコイルBGの位置を選定することができる。

(ニ) 振子時計の欠陥を補正するためCh. Feryが提唱し、M. Stoykoにより定められた諸条件に適合するように、この衝撃を若干弱めることができる。

(ホ) トランジスターは一周期に一回しか駆動力を発生しない。振子が一方向に変位する時のみ閉じる比較的複雑な接点機能を遂行する。(以上第四項)

(ヘ) 第二図は入力電流ieと出力電流isの変化の状態を示している。駆動力発生の持続時間Dは偏平な形のコイルBGとN極部に非常に近接して面するポンプ磁石(極めて密度を高めた輻射磁力線)を採用することにより短縮することが可能である。

(ト) 誘起電圧がある一定の標準値に達すると入力側と出力側の二つの回路は、急激に開放されて、駆動電流は完全な閉作用と急激な開作用をする精度の高い開閉器により開閉する如く動作し、開閉器の作動中しばしば認められる駆動電流の不規則さは完全に除かれ、駆動力発生の形状(曲線α)は良い状態の開閉器を用いて得られるものとほぼ等しい。(以上第五項)

の記載があることに徴すれば、第二図に示されている装置は、

(イ) 可動性永久磁石の運動に起因するコイルBG中の起電力は、電子増巾器A1の入力端1、2への信号となり、入力信号の電圧がきまつた符号をもつた一定の値になつた時のみこの電圧衝撃によつてトランジスター部分の伝導性に作用して入力電流ie、出力電流isの回路が閉成され電池(可動性永久磁石とコイルBMからなる)が電磁的電動機に短い、かつ単一方向の電流を供給する。すなわち、固定コイルに流れる電流は制御電流をなし、電池の電流が固定コイルBMの中に流れ、可動性永久磁石N1S1に駆動衝撃が附与されること、

(ロ) この場合固定コイルBGの位置は、可動性永久磁石が垂直線の位置から一方向に動く時のみ、すなわち振子現象の等時性を保証するに適当なことが周知である時期に駆動衝撃が附与される等、可動性永久磁石に対し適当に配置されるべきこと

(ハ) 電子増巾器A1と固定コイルBGとは精度の高い自動開閉器と同様の機能を果していること

(ニ) 増巾器A1によつて流れ出た電流iSの工均電力は誘導によつて始動もしくは制御電流ieを流すに費される受動力よりも大きいことは自動持続装置であることから当然であり、しかも右流出電流(出力電流)isは非常に弱いものであることは電力消費が年間〇、五アンペア時以下であることにより明らかであり、右始動電流(入力電流)ieはこれより更に弱い電流であること

を明らかにしている。

また、この刊行物の装置においては、「電圧の低い電池(一、四V)と多数捲(一〇〇〇〇)のコイルBMの使用はフエリーシステムにおけると同様に振巾の状態を規則的にする重要な逆起電力を出力回路中に起すことができる。なんとなれば、すべての振巾の不意の減少は自動的に駆動力の増大を惹起する、……からである。」(以上第五項)と記載されている。すなわち、負荷抵抗の増加(電池の消耗等)で振巾が減少せんとするときは、コイルBMに誘起される逆起電力は少くなるため、電流がそれだけ多く流れることになり、駆動力が増大して振巾の減少を制限することになるからである。そして、この原理は、固定コイルBGにもあてはまることは当然であり、この場合は逆にコイルBGによる可動性永久磁石の振巾に対する抵抗の減少となることは明らかである。かくして逆起電力による振巾の自動的安定性の点も明らかにされている。

引用刊行物の装置は電力消費の極めて少いものであることを「概要」の中で明らかにしているが、この点については更に、

(イ) 衝撃と衝撃との間に流れる電流は非常に弱く、無視できる程度(10-5アンペア以下)である。安定な自動持続の状態は使用するトランジスターの特性曲線中に具体的な動作点を適当に位置づけることによつて確認された。実際に出力電流isは飽和または逆反応の効果により制限することができることが了解された。

(ロ) 電力の消費は明らかに選ばれた状態の振巾と磁気電気的機構の性能により定まる。組立の際注意すれば機械的仕事の損失は著しく減少させられるので、吸収される電気量は接点を有するフエリーの時計の電池に比べてはるかに少い。例えば重い振子(長さ25cm位、振巾3度)の振動持続に年間〇・五アンペア時以下の電気量ですむ。

(ハ) われわれが要約した研究の結論は電流isieおよびトランジスターとコイル端子間に働く電圧変化の陰極線オツシログラフを読むことにより確かめられた。」

と記載している。

その他引用刊行物には同期時計、受信時計または収電子や摺動接点なしの小型電磁モーター(第三図ならびにこれに関する説明」等その他本件発明の実施の態様として示されている事例への応用を説明もしくは示唆している。

以上を綜合すれば、本件特許の出願前公知の引用刊行物には本件特許発明の要旨がすべて記載されてあつて、この記載から当業者が容易に実施し得るということができるから本件特許は審決が判断したとおり無効なものといわなければならない。

(3) 原告は本件特許明細書第二図のエミツター接地回路がその出願の当時誰れも推定できない、というが、本件特許の特許請求の範囲はトランジスター回路に特定するところがなく、却つて附記の項においてこれを要旨から除外している(附記第五、六項)というべきである。

引用刊行物記載のものもエミツター接地方式であることが次の事項から理解できる。

(イ) トランジスターはエミツター、ベース、コレクターの三電極を有し、その接地方式もこれに対応して三種の方式があることはいうまでもないが、トランジスターを時計に使用するに当つてそのいずれの方式を採用するかは設計上の問題にすぎない。

(ロ) トランジスターにおけるエミツター接地方式は、三極真空管における周知のカソード接地に該当し、唯これをトランジスターの性質に合せるだけにすぎない。トランジスターを三極真空管と同じ目的で、しかもこれに代るものとして使用するときはエミツター接地方式は最も自然な方式である。

(ハ) 引用刊行物第一図はカソード接地の三極真空管を示しており、この三極真空管の代りに接合型トランジスターを使用したものが、新しいアトーの時計と説明しているから、引用刊行物のものはエミツター接地のトランジスターを使用していることが推定できる。

(ニ) 更に、引用刊行物には「このコレクターは弱い信号でエネルギーを供給する電源回路中に挿入される」「三極真空管のグリツドの役目を果たすのはコレクターの隣にある足である。エミツターと支持片との間に加えられた適当な極性を有する微小な電信差はコレクターが瞬間的に補捉するエネルギーを放出する」「この組合せは加熱による連続的な損失のない固体の物質で作られたバルブ継電器を構成している。これは三極真空管の働きをするもので各種の応用ができるが、しかし作動中の電流の流通は、エミツター回路中に小電流の循環を必要とする」との記載があり、これは直接的には点接触型トランジスターに関連したものであるが、この引用刊行物は接合型トランジスターを使用する時計についての紹介であるから、特に反対の説明がない限り、接合型トランジスターの使用についても共通の事項が説明されている、ということはいうまでもない。そこで右の記載をみると、トランジスターは三極真空管(バルブ継電器)の働きをさせるものであり、またそれは、エミツターとベースとの間に電位差を生ぜしめること、およびこれに基づいて電源回路中にあるコレクターからエネルギーを放出させるものであることが明白である。(なお、エミツターとベースとの間に電圧をかけているからコレクター接地でないことは明瞭である)これらのことと、引用刊行物第二図とを対照してみると、第二図の電流の方向からして入力端子の記号1はエミツター電極、2はベース極、出力端子の記号4はコレクター極であることが確認できる。そうすると、出力端子3は当然エミツター極ということができる。(なお、第二図の回路ならびにグラフCの曲線ieがコイルBGによる発電々流だけであること、およびグラフdの曲線ieは単にコイルBMの逆起電力の影響を受けて中央部が凹んでいるだけで、コイルBGによる電流ieの影響を受けていないことが示されていることも、エミツター接地以外でないことを示すものである。

第九、被告シチズン時計株式会社の答弁

一、第七の一、と同旨

二、同二、と同旨

三、(一)

(1)  請求原因二、(四)(Ⅰ)(1)について

職権調査は審判官の専権に属し、かつ調査の内容を表示する必要のないことは特許庁の永年にわたる慣習である。被告の調査したところによると、原告主張の表紙の相違は製本のためであつて、引用刊行物が公知である事実には変りはない。

(2)  請求原因二、(四)(Ⅰ)(3)について

引用刊行物は本件特許の出願前の昭和二九年七月に六日間にわたり鎌田氏に貸出されているから、旧特許法第四条第二号に該当する。

(3)  請求原因二、(四)(Ⅰ)(4)について

工業技術院中央計量検定所では別に受付簿を備えて受入日その他を記入しているから、受入日附のスタンプがないからといつて信憑性を失うものではない。

(二) 請求原因二、(四)(Ⅱ)について

(1)  本件特許発明の特許請求の範囲は

(A) 可動性永久磁石が結合型トランジスター類の電子増巾器の出力端に接続されたる電磁石の逐次動力衝撃を受け

(B) 電子増巾器が弱エネルギー源の回路に配備され

(C) その入力端は可動永久磁石に対して適当に配置されたる少くとも一つの固定の捲線に接続され、

(D) 捲線が可変の磁力束の位置により、該捲線の中に誘導によりて弱電力の制御電流が発生することを特徴とする可動性永久磁石を少くとも一つ含むもの

以上の四要件を組合せたものであり、引用例にもこの要旨が記載されており、被告は数冊の刊行物を引用しているのではなく、一冊の刊行物の連続した説明に前記特許請求の範囲の要旨がすべて記載されているから、審決に違法はない。

(2)  第八の三、(二)と同旨

第一〇、被告株式会社雄工社の答弁

一、第七の一、と同旨

二、同二、と同旨

三、

(一)  本件発明の要旨は審決が認定したとおり本件明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであつて、これはフランスの時計研究機関紙「アナール・フランセーズ・ド・クロノメトリー」一九五四年第二巻第一一七頁ないし第一二四頁に全部示されている。そしてこれは本件特許の出願前である昭和二九年六月一八日に工業技術院中央計量検定所に受け入れられ、公然閲覧に供されたことは同所長の証明によつて明らかである。従つて本件特許は無効とすべきであるから、原告の本訴請求は失当であつて棄却されるべきである。

(二)  第八の三、(一)と同旨

(三)  同(二)と同旨

第一一、被告東京時計製造株式会社の答弁

一、第七の一、と同旨

二、同二、と同旨

三、

(一)  審決は原審で被告の引用した刊行物が本件特許出願前の昭和二九年七月二七日に東北大学に受け入れられ、同学内において公然閲覧に供されたことを原審甲第一号証の東北大学附属図書館長世良晃志郎の証明によつて認めたものであり、正当な認定である。

(二)  旧特許法施行規則第三八条第五項の規定により、原告が発明の構成に欠くべからざる事項のみを一項に記載した本件特許請求の範囲にはトランジスター回路につきエミツター接地を規定していない。従つて審決がこの点に言及しなかつたことは当然である。引用刊行物第二図およびこれに関する説明には、本件発明の要旨が容易に実施し得る程度において記載されているから審決に違法はない。

第一二、証拠<省略>

理由

一、原告の被告等に対する各請求原因のうち、特許庁における手続、本件特許出願および登録の日、その特許請求の範囲ならびに審決の要旨についての(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実によると、本件各審決は本件各特許無効審判請求事件において、被告等の提出したエム、ルネ、ベイヨーの刊行にかかるフランスの時計研究機関誌「アナール・フランセーズ・ド・クロノメトリー」一九五四年第二巻(以下引用刊行物という)を本件特許出願日前に国内に頒布された刊行物と認定した上、本件特許発明の要旨が該刊行物に容易に実施しうる程度において記載されているという理由で、旧特許法第一条、同法第五七条第一項第一号を適用して本件特許を無効とすべきものとしている。

二、本件における第一の争点は、引用刊行物が本件特許出願日すなわち昭和二九年九月三〇日前に国内に頒布された事実があるか否かにあるから、先ずこの点について判断する。

(1)  成立に争いのない<省略>によると、引用刊行物は昭和二九年六月一八日に工業技術院中央計量検定所に受け入れられ、以来所内において閲覧に供されている事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

(2)  また昭和三五年(行ナ)第五〇号事件において審決が認定したこと当事者間に争いのない、引用刊行物が昭和二九年七月二七日東北大学附属図書館に受け入れられ、以来同学内において閲覧に供された事実は、成立に争いのない戊第一号証によつて認められるから、これによつても引用刊行物は本件特許の出願日前に国内に頒布されたものというべきである。

(3)  原告は、審決は職権調査の内容ないし根拠となるべき事実を示していないし、本件において特許庁のした職権証拠調は公開の審判延において行なわれず、また反対尋問にさらされないから近代証拠法の原則に違背し、手続上不公正であつて、その証拠に信憑性がないと主張し、なるほど本件について適用せられる旧特許法のもとにおける証拠調べにおいても、新特許法(昭和三四年法律第一二一号)第一五〇条第五項におけると同様、審判長が職権で証拠調をしたときは、その結果を当事者に通知し、意見を申し立てる機会を与えることが望ましいことはいうをまたないが、旧特許法はこれを明らかに規定しないばかりでなく、<証拠―省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、被告等はいずれも本件審判請求書に、前記引用刊行物及びこれが原告の本件特許出願前わが国内に頒布された事実を主張して、本件特許の無効審判請求の事由となし、次いで被告リコー時計株式会社、東京芝浦電気株式会社、東京電気株式会社、シチズン時計株式会社は、右引用刊行物が昭和二九年六月一八日工業技術院中央計量検定所に、また被告東京時計製造株式会社は、これと同一の刊行物が昭和二九年七月二七日東北大学附属図書館に受け入れられた旨の証明書を提出したが、被告株式会社雄工社が提出した証明書には、刊行物の発行年次と内容の記載に不一致な個所があつたので、審判官は職権をもつてこれを調査した結果、該引用刊行物が被告リコー時計株式会社の提出した証明書に記載せられたとおり昭和二九年六月一八日前記計量検定所に受け入れられたとの審判請求人等主張の事実を確認した結果、審決にこれを職権調査によつて明らかになつたものと判示したものであつて、職権調査の結果従来全然問題とせられず、従つて当事者において、これについて意見を述べる機会を持たなかつた新たな事実または証拠を発見し、これを証拠資料としたものでないことが認められるから、たといその結果を原告に通知し意見を述べる機会を与えなかつたとしても、これが原告に格別の不利益をもたらしたものとは解されないから、原告の右主張は、これを採用しない。

(4)  原告は原審において被告株式会社雄工社の提出した書証(甲第二号証の四の三および四)の証明力に関し種々主張するけれども、引用刊行物が昭和二九年六月一八日に工業技術院中央計量検定所に受け入れられ、以来同所において閲覧に供されている事実は、右書証をまつまでもなく該事実認定に用いた前掲証拠により充分認められるから、当裁判所としては、原告の右主張の当否を判断する必要を認めない。

(5)  次に原告は工業技術院中央計量検定所は公開の図書館ではないから、同所に受け入れられても国内に頒布したことにはならないと主張するが、工業技術院は、通商産業省設置法第一七条、工業技術院設置法第一条に基づき、通商産業省の附属機関として設置され、我が国の鉱業および工業の科学技術に関する試験研究を強力かつ総合的に遂行し、生産技術の向上のその成果の普及を図り、もつて経済の興隆に寄与することを目的とする官庁であり、中央計量検定所は工業技術院設置法第四条、同法施行令第一条に基づき工業技術院に置かれた試験研究所であつて、かかる官庁の図書室に図書資料として受け入れられ、所員の閲覧に供された以上、(その閲覧内容につき職員に対し、秘密保持が要求され、かつこれを期待し得る場合は格別、本件においてかかる特別事情の主張、立証はない)、たとえ一般公衆の閲覧に供されなくとも、国内に頒布されたものというべきであるから、原告の右主張は採用し難い。

(6)  さらに原告は、引用刊行物に受入日附のスタンプがないというが、たとえ引用刊行物に受入日附のスタンプがなくとも、それだけでは前記認定を、妨げる理由となすに足らない。

三、本件における第二の争点は、本件特許発明の要旨が引用刊行物に容易に推考し得る程度において記載されているか否かにあるので、この点について判断する。

(1)  本件第二二八四八九号特許発明の要旨は、当事者間に争いのないその特許請求の範囲および成立に争のない甲第一号証によると、「可動性永久磁石が結合型トランジスター類の電子増巾器の出力端に接続されたる電磁石の遂次動力衝撃を受け、該電子増巾器が弱エネルギー源の回路に配備され、かつその入力端は可動永久磁石に対して適当に配置されたる、少くとも一つの固定の捲線に接続され、該捲線が可変の磁力束の位置により該捲線の中に誘導によつて弱電力の制御電流が発生することを特徴とする。可動性永久磁石を少くとも一つ含む、特に時間装置に適用し得る電磁衝撃による動力装置」にあることが認められる。

そして本件特許明細書(甲第一号証)の記載によると、本件発明の目的は、従来のこの種の装置が間歇的な電気接触を行なうスイツチを採用していたため、損傷し易く、機能が不規則かつ不安定であつたところ、これに代えて接合型トランジスターを採用することにより、間歇的な電気接触を必要としない装置となし、もつて確実な機能と簡単な構造を有する動力装置を得て、これを小電池等の弱いエネルギーで持続的に作動する、特に時計装置(振子時計あるいは懐中時計)に適用し得る装置とすることにあることが認められ、なお同明細書図面第一図には、本件発明の装置を垂下振子時計に適用した実施例を、同第二図には右第一図実施例の電気回路を、同第三図には本件発明の装置を円形振子に適用した場合を、同第四図には時刻装置の針を直接あるいは間接に動かすことができる本発明の装置を、同第五図には本件発明の装置を円形振子を有する懐中時計に実施した場合の構造をそれぞれ図示してあつて、発明の詳細なる説明の項に、それらの構造および作用を具体的に説明していることが認められる。

(2)  次に成立に争いのない甲第二号証の四の三、原本の存在および成立に争いのない丙第一号証の三によると、引用刊行物には次の事項が記載されていることが認められる。

(イ)  表題

「電気接点を断続することなしに振子運動や連続回転運動をなす小型電磁力装置(レオン、アトー社により達成された最初の研究成果の概要)マリウス・ラベー」

(ロ)  第一二〇頁第二七行ないし第一二一頁第一三行

「Ⅳ接合型トランジスターにより持続されるアトー社の時間調整装置

高効率の新式電子リレーの発見に伴い従来の自動開閉接続装置が不必要となり、更に従来の乾電池や小型蓄電池使用振子時計や天府時計に使用されている時間配分用の電流調整装置も不必要となるのではないかと考えられた。

トランジスターを入手できたのでアトー社において直ちに実験が行なわれた。

第二図に図示したものも時間調整装置の作動持続に成功した接合型トランジスターと一個の電池とからなるアトー社の時間調整装置(周期T=一秒)の原理の概略図である。図示の内容を明らかにするために半導体型リレーを一般増巾器の標準記号であるAで表わし、Aには入力端子(1、2)と出力端子(3、4)とが設けられている。振子の振動周期間コイルBGには曲線a(第二図)に示す如く時間によりその大きさを変化する磁束φが鎖交する。

コイルBGの捲回数をNとすれば、これに誘起する電磁力は次式で表わされる。

e=−Nαφ/αt

輻射状にでる磁場の力線を極度に集中させる性質を発揮する最近の合金製磁石(大きな強制磁場が与えられる)を使用することによつて曲線bに示される如き正弦波曲線の交流電圧を得ることができる。

一方の極性の電圧衡撃によつてトランジスターの作動が惹起した入力電流ie、出力電流isなる電流の循環回路が生ずる。電流ieにより磁石がその変位の方向の電磁力を受けるような接続する必要があること勿論である。

振子の垂直線の位置からf方向に動く時に振子に駆動衝撃が附与されるようにコイルBGの位置に選定することができる。また振子時計の欠陥を補正するためにCh. Feryが提唱し、M. Stoykoにより定められた諸条件に適合するようにこの衝撃を若干弱めることができる。

トランジスターが一周期に一回しか駆動力を発生しないことは注目に値する。すなわち、トランジスターは振子が一方向に向つて変位する時のみ閉成するような比較的複雑な開閉機能を遂行する。

第二図の方式は単衝撃式脱進機といわれる機械的脱進機の如く作動する。電池は駆動用分銅の代りをなし、またコイルBGは脱進車の駆動力を外す爪の掛金の役割をなす」

(ハ)  第二図(第一二一頁)の説明「概略的にAで示される接合型トラスジスターにより持続されるアトー振子(HR・受信または同期時計、曲線a・BGと鎖交する可変磁束φの時間に対する変化、曲線b・BGに誘起するf・e・mの変化曲線Cとd・増巾器Aの入出力電流)」

(3)  以上の認定に基づいて本件特許発明の装置(別紙第一目録)と引用刊行物記載の装置(別紙第二目録)とを対比してみると、両者は

(イ)  可動性永久磁石が結合型トランジスターの電子増巾器の出力端に接続された電磁石の逐次動力衝撃を受けている点、

(ロ)  該電子増巾器は弱エネルギー源の回路に配備され、かつその入力端は可動性永久磁石に対し適当に配備された少くとも一個の固定捲線に接続されている点、

(ハ)  該捲線が可変の磁力束の位置により該捲線の中に誘導によつて弱電力の制御電流が発生する点

(ニ)  従来のこの種の装置が自動開閉器により、間歇的な開閉を行なつていたのを、接合型トランジスターを採用することにより、電気接点を断続することなく振子運動や回転運動を行なう小型電磁力装置としたこと

(ホ)  弱いエネルギー源で持続的に作動する。特に時計装置に適用し得る装置としたこと

において発明の構成、目的、作用および効果が一致している。

従つて本件特許発明の要旨とする技術思想は、被告等の主張するように引用刊行物にすべて開示されているといわざるを得ない。

(4)  原告は、本件発明の装置はトランジスターの接続回路にエミツター接地方式を採用しており、引用刊行物にはこの点が明らかでない、また本件発明の出願当時の技術水準では、時計装置に使用するトランジスターのエミツター接地方式は容易に推定し得ない、という。

しかし、本件発明の要旨とするところは、トランジスターの接続につきなんら特定の定めがないばかりでなく、引用刊行物記載のものも、本件発明のものと同様エミツター接地方式を採用しているであろうことは、被告等主張のとおり該刊行物の記載から容易に推測できるので、原告の右主張は採用し難い。

次に、平衡輪やシールドニングに関する主張は、本件発明の実施例における部分構造につき述べたものであつて、本件発明の要旨外の事項に関するものであり、本件発明と引用刊行物記載のものとが相違するとすべき理由となすに足りない。

原告はまた、引用刊行物は単なる実験報告であり、本件発明はこれに技術的な進歩と工夫を加えたものであるというが、引用刊行物がたとえ実験報告であつて、本件明細書にはさらに具体的な技術思想が記載されているにせよ、引用刊行物に本件特許請求の範囲に記載されている本件発明の要旨がことごとく開示されていること既に説示したとおりであるから、これをもつて公知事実認定の資料とするになんら妨げなきものというべきである。

さらに原告は、多くの実施例を包含する特許発明の一実施例が公知であつても他の実施例が公知でない場合、その発明全体は否定されるべきものではないというが、特許発明の成立の要件は、その特許請求の範囲に記載された発明の構成につき判断されるべきものであつて、具体的な実施例は直接の判断の対象とはならないから、多くの実施例のうちに公知に属しないものがあつても、その特殊な構成要件が特許請求の範囲に記載されず、特許請求の範囲に記載された構成要件は、公知と認められる以上、発明の成立が否定されてもやむをえないところである。

原告は本件特許発明につき公知の部分を除くための充分な機会が与えられなかつたというが、審決を違法とする理由としてその意味が明らかでなく、原告が特許庁に対し本件特許明細書の訂正を求めたにかかわらずこれを無視して審決がなされたというのであれば、その具体的事実を主張すべきであつて、その主張がないかぎり原告の前記主張だけでは、審決を違法とすべき理由となすに足りないものというべきである。

四、以上説示のとおり原告の主張はいずれもこれを採用するに由なく、本件特許発明はその出願前国内に頒布されたものと認められる各審決引用の刊行物に容易に実施することができる程度において記載されているものと認められるから、旧許特法第四条第二号に該当し、その特許は同法第一条の規定に違反して支えられたものである。したがつて同法第五七条第一項第一号によつて無効とすべきであり、これと同旨の各審決はいずれも正当である。

よつて原告の被告等に対する請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を、上告期間の附加につき同法第一五八条第二項を各適用して主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事福島逸雄 荒木秀一)

(第一目録本件)

特許発明の装置を振子時計に適用した実施例(本件特許明細書第一図および第二図)

第二目録

引用刊行物に記載されている装置(第一二一頁第二図)

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